長い長い殺人 宮部みゆき

今日の読書感想は宮部みゆきさんの「長い長い殺人」です。

 

この作品は殺人事件に直接・間接的に関わった人たちに各章で焦点を当てて物語が進んでいきます。そこに関してはよくあるミステリー小説なんですが、、、なんと物語の語り手はその人びとではなくて、その人が持っている財布なんですね。

 

刑事の財布、犯人の財布、被害者の財布、などなど色々な財布が持ち主が体験したことを通して段々と事件の核心に迫っていきます。

 

あとがきによると、宮部さん自体なんで財布にしたのか、ということについて明確な理由は無いそうです。ただ、財布って胸ポケットにあって心臓に近いから・・・というような感じで財布メインで進めることにしたそうです。

また、この作品は映像化もされたそうなんですが、その時もしっかりと財布が語る感じになってるらしいです。

すごいですよね、活字だからこそ成立することを映像化まで持っていってしまうとは。いつか見てみたいと思います。

こういう「活字だからこそできること」って評価分かれると思うんですけど、自分は大好きです。たとえば「アキラ」っていう名前で男だと思って読んでたら実は女の人のことだった、とか実は登場人物の中に同じ名前の人が二人いて、読んでるほうは「なんか二重人格みたいだな」と思う仕掛けとか、分かった時に「ああ、なんで気付かなかったんだろ!」と悔しくなるのがいいですね。作者の人もはっきり「男性ですよ」とか「一人の人物の話ですよ」とはもちろん言わず、でもなんとなく読者がそう思うようにミスリードしていく、というところを細かく考えてらっしゃるんでしょうね。

 

さて、財布が物語を説明してくれるというところは奇想天外なこの作品ですが、それだけが売りではなくて、しっかりとミステリーとしての要素を含んでおり、結末まで楽しめる物になっています。

W不倫をしているカップルの配偶者が次々と事件・事故で亡くなっていき、警察やマスコミはこのカップルによる保険金殺人ではないかと疑います。

単純に殺人容疑があるカップルというだけでなく、美男美女カップルで、更に男性(塚田)のほうはレストランの共同経営者として活躍していることもあり、世間の注目を一身に集めることになります。

しかしこのカップルには事件時にアリバイがあり・・・。

 

この物語は章ごとに様々な人物(とその人たちの財布)が登場します。

その中にはカップルを疑っている人、警察等もいますが、その一方で彼らの身の潔白を信じている人もいます。

自分がこの本を読んで一番印象に残っているのはそんな心やさしい男性です。

その男性は殺人容疑がかけられたカップルのうちの男・塚田と小さい頃の友人で、特別な思い出があって、「彼は心優しい男性で殺人なんかする人ではない」と心から信じています。

そこまで慕うのには理由があり、男性は子供のころ吃音が原因で友達が作れずペットを親友として扱っていました。ある時その犬がいなくなってしまい、必死で探しまわる男性。そこに現れたのが幼き日の塚田です。男性がペットを探していると聞いた塚田は一緒に探してあげます。不運なことに犬は死亡した状態で見つかり、二人で塚田の家が所有している土地に埋葬します。その後彼らは親交を深め、それに伴い吃音もだんだんとなくなり、彼の人生は大きく変わったのでした。

そういった経緯から塚田を信じてやまない男性ですが、ひょんなことから塚田が当時から男性をだましていたことに気付いてしまいます。

ペットの死すら男性から強い信頼を得るために塚田が仕組んだことだったと分かって男性は衝撃を受けてしまいます。

 

小説全体のどんでん返しも面白いのですが、自分としては登場人物の長年の考えが覆されてしまうこの部分が一番好きです。

 

この事件には殺人容疑をかけられたカップルと別に実行犯を担った男が登場するのですが、彼らに共通するのは自分がもっと注目を浴びるべき人間なのだ、という思いを持っていることです。

これは程度の差はあれみんな持っている思いとしてこの作品の中で書かれているような気がしました。

実際自分も、自分の周りの人もどこかではそういう思いを持っていると思います。

特に自分が得意・好きな分野のことをやっているときはもっと注目してほしい、と思ってしまいますよね。

それが行き過ぎた時に事件を起こしてマスコミを通して世間に注目されて、というところまで行ってしまったというのがこの事件の真相だということで、それはさすがに極端だなあ、と思ってしまいますが。

 

ということで今回は長い長い殺人の読書感想でした、読んで頂いてありがとうございました。